警官からビットコイナーへ、SeedSigner開発者の軌跡 【第1回】
このエピソードでは、SeedSignerの開発者が「トラストレス(信頼不要)」なハードウェアの重要性と、なぜビットコインのセキュリティが「ゴールではなく旅(プロセス)」であるのかを詳しく解説します。
彼は、ハードウェアウォレットが脆弱性の悪用とファームウェアへの信頼をめぐる「いたちごっこ」と化している現状を指摘。なぜ自分がメーカーではなく「数学」を信頼することを選んだのか、そしてSeedSignerがいかにして、市販のウォレットに代わる「検証可能なDIYの選択肢」をユーザーに提供しているのかを語ります。
さらに、ペーパーウォレットからマルチシグへと至るビットコイン・カストディ(保管)の進化や、不透明なサプライチェーンに依存せずにユーザーが自ら鍵を管理する方法についても議論します。
また、デジタル鑑識の現場で培った知見をもとに、「大半の人間にとって最大の脅威モデルは自分自身である」という教訓や、オープンソースによる主権の確立が、ビットコインが中央に支配されないための「最後の防衛線」になり得る理由を共有してくれます。
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イントロダクション
Seed: セキュリティは「ゴール」ではなく「旅(プロセス)」として捉えることが重要だと思っています。ハードウェアウォレットについては、メーカーが「簡単なボタン」を作り上げてしまったことで、いわば「カーテンの裏側」で何が起きているのかをユーザーが理解できなくなっています。
懐疑心を持ち、目を見開いて取り組むべきです。自分が共有している情報や、ファームウェアのアップデートに寄せている信頼が、将来的にどんな影響を及ぼすかを先読みして考える必要があります。
セキュリティの本質は「いたちごっこ」のようなものです。私はサードパーティ製のデバイスを信頼するよりも、ビットコイン・プロトコルの根底にある「数学」を信頼したいと考えました。
ピーター: お会いできて嬉しいです。調子はどうですか、ミスター・シードサイナー?
Seed: 絶好調ですよ。ビットコインが史上最高値を伺うような動きを見せていますから。
ピーター: ええ、今いくらでしたっけ?
Seed:12万2,500ドルをわずかに超えたあたりですね。そんな中でお話ししているわけですが、正直めちゃくちゃ緊張しています(笑)。でも良い日ですね。
ピーター: 緊張する必要なんてありませんよ、ここは安全な場所ですから。でも本当に、ビットコインは今まさに飛躍していますね。見ていて素晴らしいです。
Seed: 良い年末になりそうですね。すべてが良い方向に進んでいます。10月、11月、12月はたいてい強気相場(ブル)になりますから。政府機関の閉鎖(シャットダウン)のニュースさえ、今やビットコインにとっては強気材料に見えます。
ピーター: 100%同意します。アメリカ政府が止まっても、ビットコインは止まりませんから。ワクワクしますね。「10月(Uptober)」は本物です。サイクルが壊れた(これまでのパターンとは違う動きをしている)のかもしれません。
まあ、価格の話はこれくらいにしましょう。あなたが今日ここに来た理由は、価格の話をするためではないですからね。
Seed: ええ、もちろん。
ピーター: まあ、価格の話をしてもいいですよ、その方が視聴数は伸びるでしょうから(笑)。
Seed: 強気な話は大歓迎ですが。
ピーター: では、あなたの紹介から始めましょう。この番組には初登場ですね。あなたは一体何者ですか?
Seed: インターネット上では匿名(ニム)で活動しています。最初は「SeedSigner(シードサイナー)」と名乗っていましたが、最近は公の場で見かけると多くの人が単に「Seed(シード)」と呼んでくれます。
ビットコイン歴は約12年です。その前は15年間、警察官をしていました。そして、SeedSignerという小さなオープンソース・ソフトウェア・プロジェクトを作りました。それが、公の場でのビットコイナーとしての私の始まりです。
警官からビットコイナーへ
ピーター: 今日の本題はSeedSignerについてですが、その前にあなたの経歴についてお聞きしたいです。非常に興味深いので。警察官をされていたとのことですが、キャリアの後半では単なる警官ではなかったんですよね? 警察官からフォレンジック(鑑識・情報解析)の道に進んだ経緯を教えてください。
Seed: 私のバックグラウンドは、大学で英文学を専攻し、哲学を副専攻していました。その後、経営情報システム(MIS)を学び、若い頃はいろいろな仕事を転々としました。
実は2001年には、1年間だけフライトアテンダント(客室乗務員)をしていたんです。 あの9.11(同時多発テロ)の当日、私は空の上にいました。その後に解雇されてしまったのですが。TWAという、今はもう存在しない航空会社で働いていました。
ピーター: 9.11の時に空の上にいたというのは、どんな体験だったのですか?
Seed: 想像通り、狂気そのものでした。私たちの便は拠点のセントルイスに近い場所にいたので、なんとかセントルイスに着陸することができました。どこか知らない街で立ち往生せずに済んだのは幸いでした。
あの日の朝、全米で最も忙しいアトランタ空港を離陸したのですが、着陸する頃には(ワールドトレードセンターの)タワーの一つに飛行機が突っ込んだ後でした。地上に降りてからも混乱は続きました。
最初は誘導路で止められ、次にゲートに移動しても「機内から出るな」と言われ、ようやく降りられたと思ったら今度は「ターミナルから出るな」と言われ……誰もが経験したであろうあの混乱の中にいました。
ピーター: それは恐ろしい体験ですね。セントルイスに戻る予定だったのですか?
Seed: ええ、セントルイスに戻る便でした。本当はその後に別のフライトも入っていたはずですが、それどころではありませんでした。
ピーター: 怖い時代でしたね……。話を遮ってすみません、続けてください。
Seed: いえいえ。TWAを解雇された後、昔やっていた民間の警備の仕事に戻り、セントルイスにある大学のキャンパス・セキュリティ(大学警備員)として働きました。 ただ、そこはあまり治安の良い場所ではなくて。
「これなら警察学校に行って警察官になった方が、給料も良くなるし、仕事環境も(装備がある分)安全なんじゃないか」と気づいたんです。 それで警察学校に入る方法を調べて入学し、地元セントルイスの小さな自治体の警察に採用されました。
最初の3年間はいわゆる「現場のデカ(道路警官)」で、違反切符を切ったり、家庭内暴力の通報に駆けつけたりする日々でした。
しかし、私の情報システムのバックグラウンドを知っていた署長が、私を「ギーク(技術オタク)」だと認識していました。
2006年か2007年頃、デジタル・フォレンジック(デジタル鑑識)が法執行機関の中でまだ新しく成長している分野だった時期に、地域で人員を募集しているタスクフォースがあり、署長から「興味はないか?」と声をかけられたんです。
数ヶ月間、パートタイムでデジタル・フォレンジックの基礎を学びました。そこで成果を出したようで、フルタイムの任務をオファーされました。所属は同じ警察署のままでしたが、毎日の勤務はパトカーに乗るのではなく、午前9時から午後5時まで鑑識ラボにこもるようになりました。
コンピューターを解体したり、携帯電話からデータを抽出したり、USBメモリからデータを復旧したりといった、あらゆるデジタルメディアの解析作業を担当しました。
ピーター: つまり、犯罪に関する情報を探していたわけですね。それは何年頃のことですか?
Seed: 2007年からです。
ピーター: そこから数年間、その仕事を続けたわけですね。2019年までですか。それなら「シルクロード(ダークネット市場)」で人々が薬物を売買していた時期も現役だったわけですよね。そういったケースに遭遇したことは?
シルクロードを通じたビットコインとの出会い
Seed: 実は、私がビットコインを初めて知ったきっかけが、シルクロードに深く関係する事件だったんです。私自身の捜査ではなく、同じラボにいた別の捜査官の担当ケースでした。
休憩室かどこかで彼と話していた時、彼が担当していたある高校生の事件について聞きました。その高校生はクリスマスに立派なゲーミングPCをプレゼントされたのですが、そこには高性能なGPU(グラフィックボード)が2枚搭載されていました。 2012年末か2013年初頭の頃で、当時はまだGPUでビットコインを採掘(マイニング)して利益が出せた時代です。
その子はかなりの量のビットコインをマイニングし、それを使ってシルクロードで大麻を購入していました。自宅に届いた大麻を小分けにして学校で売り、ちょっとした「起業家」のような真似をしていたんです。
当然、教師に見つかって警察に通報され、彼のコンピューターが私たちのラボに運ばれてきました。それまでビットコインなんて聞いたこともなかったので、そこからGoogleで調べ、ホワイトペーパーを読み、BitcoinTalk(フォーラム)に参加して、この「コンピューターの演算能力を必要とする何か」の正体を突き止めるべく、ウサギの穴(深い探求)に落ちていきました。
ピーター: 学校で大麻を売るような子供は、もちろん捕まって当然ですが、一方で「なかなかやるな、起業家精神がある」なんて思ったりしませんでしたか?
Seed: (笑)。私が彼の年齢だった頃、庭の芝刈りをして小銭を稼いでいた時分には、そんなチャンスを嗅ぎ取るセンスはありませんでしたね。……良い子の皆さんは真似しないでくださいね、芝を刈りましょう。
ピーター: それが初めての出会いだったと。当時の文脈を考えると、警察官であるあなたが、学校で大麻を売っているガキ(失礼!)を通じてこれを知ったのなら、「これは犯罪者のための金だ」という結論に飛びついてもおかしくなかった。今でもそう思っている人は多いですからね。あなたはどう思いましたか?
第一印象:犯罪者の金か、健全な貨幣か?
Seed: ええ、それが当時の支配的なナレッジ(認識)になりつつありました。「オタクの怪しいおもちゃ」から「ダークネットのマネーロンダラーや麻薬密売人のツール」へと移行していた時期です。
ですが、誰かが言っていたように(おそらくD++か誰かですが)、「ビットコインはその人が置かれている人生のステージにおいて、必要な形で響く」ものです。
当時の私は、幼い子供の父親であり、大きな住宅ローンを抱えていました。株を選んだり投資をしたりして、自分が働いて稼いだお金をもっと効率よく増やしたいと考えていた時期でした。
だから、最初はビットコインを「投資」として見ていました。非中央集権的で許可のいらない性質に惹かれましたが、特に心に響いたのはその「希少性」と、発行上限が決まっていることでした。
時価総額について考え始めると、これはとんでもなく過小評価されている可能性があると感じました。つまり、最初は「価格上昇(Number Go Up)」に惹かれて入ったんです。
当時はアルトコインの第一世代(ライトコインやフェザーコインなど)が出てきた頃で、「ビットコイン・オンリー」という考え方はまだ一般的ではありませんでした。投機をしてお金を稼ぐチャンスだと思ったのが、最初のきっかけです。
ピーター: 最初はみんなそうですよね。誰もが「手っ取り早く金持ちになる手段」だと思って入り、後になって「自分の価値を下げないための手段」だと気づく。
Seed: ただ、法執行機関にいた人間として、懸念もありました。私の鑑識の仕事の多くは児童犯罪に関するものでした。ビットコインがネット上で違法な児童ポルノなどの売買に使われる可能性は、私の視界の中に常にありましたし、葛藤もありました。
当時「Let’s Talk Bitcoin」というポッドキャストがあり、アンドレアス・アントノプロスらがホストを務めていました。 そこでアンドレアスが、ビットコインが児童性的虐待の温床になるという「お化け(恐怖の対象)」としての側面に言及したんです。
私はそれについて深く悩みました。ビットコインは誰でも使えて、プライバシーも保たれるからです。
しかし、最終的にはこう結論づけました。「車も危険であり、世界中で多くの人を殺している。しかし、車がもたらす価値は、交通事故による悲劇的な死を劇的に上回っている」と。ビットコインの可能性は、悪用する一部の人々よりも遥かに大きいのだと。
ピーター: 最近、アメリカでは毎年4万人が交通事故で亡くなっているという統計を見ました。社会として、私たちはそれを「受け入れ可能な代償」として合意しているわけです。
もちろん数字を下げる努力はしていますが、ビットコインが「自由の貨幣」であり「敵同士でも使える貨幣」である以上、好ましくない使われ方を止めることはできない。その利点と欠点を天秤にかけ、価値があるものだと受け入れるしかないんですよね。
Seed: 銃についても同じことが言えますね。危険ですが、自分の家を守り、抑止力となり、身を守る助けにもなります。
ピーター: ビットコインを最初は投資として見ていたわけですが、今はあなたにとっても私にとっても、それ以上の意味を持っていますよね。……あなたは、これまでの狂乱の相場サイクルをずっと持ち続けて(ホールドして)こられたのですか?
2017年の「握力の弱さ(Weak Hands)」の瞬間
Seed: 以前、打ち合わせで少しお話ししましたが、実は2017年に深刻な「握力の弱さ(売却)」を露呈してしまったんです。
決してビットコインの長者だったわけではありませんが、私が持っていたビットコインの大部分は、2013年から2014年にかけて取得したものでした。2013年の夏、マウントゴックス事件の前の暴落時に、Coinbaseで1BTC=65ドルほどで買ったのを覚えています。
その後、マウントゴックス事件が起きて2014年から2015年にかけて長く残酷な弱気相場が続きました。誰にとっても、最初の弱気相場が最もきついものです。 「ビットコインは暴落しても必ず復活する」という経験則がまだ自分の中にないからです。
「自分は馬鹿で、高値掴みをさせられた『最大の愚か者(Greater Fool)』なんじゃないか」と疑心暗鬼になります。そうした不安を抱えながら2014、15、16年を過ごしました。
2016年末に価格が息を吹き返し、かつてのピークである1,200ドルを超え、2,000ドルから2,500ドルのレンジに入りました。 その時、もし持っているビットコインをすべて売却して(税金はとんでもなく痛い出費でしたが)正しく納税すれば、家の住宅ローンを完済し、借金をゼロにして人生を経済的に再スタートできる地点に来ていたんです。
同時に、今の状況に似ていますが、当時は「ハードフォーク戦争」の真っ只中でした。「ビットコインが分岐しても、両方のコインを持っていれば最終的に勝った方の価値は守られる」というのが通説でしたが、私は「これだけ多くの分岐が起きるとネットワークが断片化しすぎて、ビットコインというコンセプト全体の価値が失われるのではないか」と不安になったんです。
ピーター: 当時は「ビットコイン・アンリミテッド」とか「ビットコイン・ゴールド」、そして「ビットコイン・キャッシュ」などがありましたね。
Seed: そうです。私は中流階級の質素な暮らしをしている人間です。1万ドルか2万ドルの貯金をビットコインに投じていたわけですが、私の妻(幸運なことに彼女は非常に理解がありました)に「3,000ドルでビットコインを生成する魔法の機械(マイナー)を買いたい」と言って、彼女が「いいわよ」と言ってくれるような関係でした。
しかし、質素な育ちの人間は、大きな含み益が出た時に精神的に耐えられるようにできていないんです。「これは本物のお金なのか?」と疑い始め、極端な思考に陥ります。
「少しだけ売る」のではなく「全部売って足を洗うか、持っておくか」の二択になってしまう。当時の私は経済的に非常に未熟でした。
ある日、鑑識ラボで仕事をしている時、仕事用とは別のネットに繋がったPCで価格チャートを眺めていました。価格が私の「借金完済」という魔法の数字の周りで揺れ動いているのを見て、もう我慢できなくなりました。
上司に「今日は帰ります」と言って、午前中に帰宅し、家でペーパーウォレットを引き出しました。当時はまだハードウェアウォレットは使っていませんでした。
ピーター: 当時はペーパーウォレットの時代でしたか?
Seed: ええ、私が最初に設定した時はそうでした。Trezor(トレゾー)は2013年末か2014年初めに出ていたはずですが、私は「bitaddress.org」という、GitHubで公開されているオープンソースのサイトを使っていました。
フォレンジックの知識を活かして、ネットに繋がっていないクリーンなLinux端末を立ち上げ、オフラインで秘密鍵を生成し、それをUSB接続のインクジェットプリンターで印刷しました。そのプリンターはそれ以降一度もネットに繋いでいません。非常に慎重な、鑑識官らしいプロセスで作成しました。
しかし、結局のところ、数千ドルの価値がある秘密鍵のリストが、私の下着の引き出しの中にA4用紙で入っているだけという状態でした。ビットコインの価値が上がるにつれ、その「稚拙なセキュリティ設定」自体が不安の種になり、後のSeedSigner開発のきっかけの一つにもなりました。
2017年のあの日、私はGemini(ジェミニ)の口座にすべてのビットコインを送り、成行(マーケット)注文で叩き売りました。Geminiのチャートに私のせいで不自然な歪みが生じたかもしれません(笑)。
銀行口座にワイヤー送金し、残高の数字を見てようやく「本物だ」と実感しました。ですが、そこから年末にかけて、ビットコインのニュースは一切聞きたくありませんでした。
ピーター: あなたが売った2,200ドルあたりから、その年の終わりには2万ドル近くまで行ったわけですからね。1年で10倍になるチャンスを逃したわけだ。
Seed: ええ、タイミングが良ければもっと大きな資産になっていたでしょうが、当時の私にはそれが限界でした。 その後、私は警察官を辞める準備を始めました。妻の方が稼ぎが良かったこともあり、私は主夫になって子供たちの面倒を見ることを考え始めました。
自分を磨くために自己啓発本を読み漁り、ツイッターを消し、掲示板も見ず、「午後2時からソファーでワインを飲むようなダメな親父」にならないよう、自分を律する生活を送っていました。
弱気相場での再参入
Seed: 2018年になり、何がきっかけだったか忘れましたが、また価格をチラチラ見始めました。価格が落ちていくのを見て、私は数少ない「喜んでいる人間」の一人でした。
「ゴッドファーザー」のセリフのように、「足を洗ったと思ったら、また引き戻される」んです。2018年から2019年にかけて、価格が4,000ドル付近まで落ちた時に、また買い始めました。
この時のビットコインは、私にとって以前とは違う意味を持っていました。ただの投資ではなく、アメリカの国家債務が急増し、子供たちが成長していく中で、「自分は子供たちにどんな世界を残せるのか? この借金はどうなるのか?」と考えるようになったんです。
「価格上昇(Number Go Up)」は今でも大好きですが、ビットコインの旅路そのものが変わりました。そして、再びビットコインを貯め始めた時、改めて「コールドストレージ(オフライン保管)」について考え直しました。鑑識ラボでの経験を活かし、なぜ自分がかつてあんなにも「握力の弱い」経験をしてしまったのかを分析し始めたのです。
ピーター: ビットコインを買ったばかりの人が準備できていないことの一つは、「もしこれが10倍になったら自分はどうするか」ということです。
精神的にも、そしてセキュリティ的にもです。今の価値ではなく「10倍の価値」になった時のことを考えてセキュリティを組まなければならない。 2017年から現在まで、インフラ面、特にハードウェアウォレットの市場は劇的に進化しました。
ペーパーウォレットから戻ってきたあなたは、当時のハードウェアウォレット市場をどう見ていましたか?
【第2回】に続く…
(※本記事はWhat Bitcoin DidのYouTubeを翻訳・編集しています。動画はこちら)
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