StrategyはなぜBTCを売ったのか?/Liquidが進める「読める署名」
こんにちは!yutaroです。
本日の「BTCインサイト」では、2つのトピックを取り上げます。
1本目は、世界最大のビットコイン保有企業であるStrategyが、1,638 BTCを売却し、優先株「STRC」を買い戻した理由について。
Strategyの方針転換にも見える今回の売却を、Joe Burnett氏は「将来、さらに多くのビットコインを買うための行動」と分析しています。
STRCの信用力を高めることが、なぜ将来のBTC購入につながるのか。その資本戦略と、成立に必要な前提を整理します。
2本目は、Liquid上で開発が進められている「Clear Signing(クリア・サイニング)」について。
複雑な取引内容が、人間には理解できないバイト列や資産IDでしか表示されない場合、ユーザーは何へ署名しているのか判断できません。
Clear Signingは、資産名、ティッカー、発行元のドメインなどを署名前に確認し、「読めないまま承認する」という問題を解決しようとしています。
Jadeを使った実際のデモをもとに、何を検証できるのか、そして何までは証明できないのかを解説します。
【スポンサー】Lightning Base
TrezorやJadeの購入はLightning Baseからどうぞ。
1本目:Strategyはなぜビットコインを売ったのか?
この記事は Joe Burnett氏が公開したYouTube動画 Why Is Strategy Selling Bitcoin? をもとに要約・編集しています。
Strategyは、1,638 BTCを約1億470万ドルで売却しました。
動画内の説明によると、その売却代金の一部を使い、約8,120万ドル相当のSTRCを買い戻しています。
2020年以降、Strategyは上場企業として世界最大のビットコイン保有企業となり、BTCを継続的に買い増してきました。
その企業がビットコインを売ったのですから、外から見れば、これまでの戦略を転換したようにも見えます。
しかし、動画の解説者であるJoe Burnett氏は、反対の見方を示しています。
「Strategyは、将来さらに多くのビットコインを買うために、いまビットコインを売っているのかもしれない」
一見すると矛盾している、この主張はどういう意味なのでしょうか。
STRCは、Strategyが育てる「デジタル・クレジット」
STRCは、Strategyが発行する変動配当型の永久優先株です。
普通株のMSTRとは異なり、額面は1株100ドルに設定され、定期的な配当を受け取ることを重視した金融商品です。
StrategyはSTRCを「Digital Credit(デジタル・クレジット)」と位置付けています。
同社が目標としているのは、STRCが100ドル付近で、高い流動性と低い価格変動を保ちながら取引される状態です。
しかし、ビットコイン価格が大きく下落すると、Strategyの財務基盤に対する不安が高まり、STRCも額面を下回って取引されることがあります。
そこでStrategyは、100ドル未満で取引されているSTRCを市場から買い戻します。
額面より安く買い戻せば、将来支払う配当の総額を割安に減らすことができます。同時に、STRCの需給と信用力を支える効果も期待できます。
Strategyは2026年6月、最大10億ドルのデジタル・クレジット買い戻し枠と、BTCを資金化できる制度を正式に導入しました。
つまり、今回のBTC売却は、その場しのぎの行動ではありません。
ビットコインの一部を売却してSTRCを買い戻すことも、事前に設計された資本政策の選択肢に含まれていました。
「1株あたりBTC」だけではなく、信用力を育てる
これまでStrategyの戦略は、比較的わかりやすいものでした。
株式や債券を発行して資金を調達し、ビットコインを買う。株式数の増加を上回る速度でBTCを増やし、「1株あたりのビットコイン」を拡大する戦略です。
この目標がなくなったわけではありません。
ただし現在は、それと並行して、STRCをはじめとするデジタル・クレジットを、相場環境に左右されにくい金融商品へ育てようとしています。
そのためにStrategyは、米ドル準備金を積み上げ、優先株の配当を継続し、必要に応じてSTRCを買い戻します。
ビットコインが下落しているときに、さらにレバレッジを高めるのではなく、信用力の維持を優先するわけです。
「ビットコインが下がっても、Strategyは配当を支払い、STRCの価値を支える」
この実績を積み上げられれば、債券などを運用する機関投資家にとって、STRCが検討可能な選択肢になります。
「BTCを売って、将来もっとBTCを買う」循環
Joe Burnett氏が想定しているのは、次のような循環です。
StrategyがSTRCを買い戻し、信用力を支える
STRCに対する市場の信頼が高まる
より多くの債券・利回り運用資金がSTRCへ流入する
Strategyが新たなデジタル・クレジットを発行できる
調達した資金で、さらにビットコインを購入する
ビットコイン価格が上昇すれば、Strategyのバランスシートは強くなります。
するとSTRCの信用リスクが低下し、より多くのデジタル・クレジットを発行しやすくなります。
そこで調達した資金が、再びビットコインの購入へ向かう。これが第1の循環です。
もう1つは、MSTRを通じた「増幅されたビットコイン・エクスポージャー」の循環です。
ビットコイン価格が上がり、MSTRが保有BTCの純資産価値を上回って評価されれば、Strategyは普通株を発行して効率よく資金を調達できます。
その資金でBTCを購入すれば、さらにバランスシートが拡大します。
デジタル・クレジットと普通株という2つの経路が、互いにビットコインの購入能力を高める構造です。
この考え方に立てば、現在の小規模なBTC売却は、将来の資金調達能力を守るための支出となります。
これは「戦略の進化」なのか
Joe Burnett氏は、今回の売却をStrategyの方針転換ではなく、戦略の進化と捉えています。
ビットコインが横ばい、または下落しているときは、無理に増幅率を高めない。
現金を積み上げ、割安なSTRCを買い戻し、信用力を高めながら待つ。
そしてビットコインが上昇したときに、強くなったバランスシートを使ってデジタル・クレジットを拡大し、BTCの購入を再加速させる。
毎週、毎月、毎年、ビットコインが上昇する必要はありません。
長期的に上昇するという前提が成立するなら、弱い相場では信用力を育て、強い相場ではBTCを増やすという使い分けが可能になります。
(※原文はコチラ)
「BTCを増やす金融商品」は、ビットコインではない
STRCの信用力を高め、資金を集め、将来さらに多くのBTCを購入する。これはJoe Burnett氏が描く循環であり、結果が保証されたものではありません。
このモデルには、BTC価格の長期的な上昇、STRCへの需要、Strategyによる継続的な資金調達が必要です。
相場の低迷が続けば、優先株の配当や信用力を守るため、さらにBTCを売却する可能性もあります。
また、STRCやMSTRはビットコインそのものではありません。
保有者は秘密鍵を持てず、BTCを自分のウォレットへ引き出すこともできません。保有しているのは、Strategyの経営に依存する金融商品です。
厳密にはBTCの引換証ではありませんが、BTCを土台に信用商品と請求権を積み重ねるという意味では、広義のペーパービットコイン化と見ることができます。
今回の売却は、BTCが長期保有するだけの準備資産ではなく、金融商品の信用を守るために売却できる財務資産になったことも示しています。
ビットコインを保有することと、ビットコインを利用した金融商品を保有することは別です。
Strategyの手法は金融工学としては進化・・と言えるのかもしれません。
しかし、カウンターパーティーを減らし、自分の資産を自分で保有するというビットコインの原則から見れば、手放しで歓迎できるものではありません。
2本目:Liquidが進める「読める署名」
この記事は Liquid Network(Blockstream)が公開したYouTube動画 Clear Signing on Liquid: Verifying Assets and What You Sign をもとに要約・編集しています。
2本目の動画では、Liquidに実装されつつあるClear Signingが紹介されています。
LiquidではL-BTCの送金だけでなく、独自資産の発行や、Simplicityを使った融資など、より複雑な取引を構築できます。
しかし、取引が複雑になるほど、ユーザーが署名する内容も理解しにくくなります。
画面に表示されるのが、意味を理解できない長いバイト列や資産IDだけだったら、何へ署名しているのか判断できません。
秘密鍵を自分で保有していても、内容を理解できないまま承認ボタンを押すなら、実質的には「Blind Signing(ブラインド・サイニング)」です。
たとえるなら、契約書の本文がすべて黒塗りされた状態で、最後の署名欄だけに名前を書くようなものです。
Clear Signingが目指すのは、その黒塗りを取り除くことです。
Jadeの画面で、資産名と発行元を確認する
動画では、Simplicityを使った融資アプリで借入オファーを作成し、Jadeで署名するデモが行われました。
従来であれば、Jadeには識別しにくい資産情報が表示される可能性があります。
Clear Signingに対応すると、資産のティッカー、名称、関連するドメインなどを、人間が理解できる形で確認できます。
この仕組みの基礎になっているのが、2022年に作成された「ELIP-100」です。
Liquidでは、署名前の取引情報をPSETという形式でウォレットやハードウェア端末へ渡します。
ELIP-100は、そのPSETに資産メタデータを追加し、ネット接続を持たないハードウェアウォレットでも内容を確認できるようにする仕様です。
資産メタデータには、名称、ティッカー、桁数、発行主体のドメインなどが含まれます。
Jadeはインターネットへ接続しないため、自分で発行者のウェブサイトへ問い合わせることはできません。
そこで、ネットに接続したウォレット側がドメインや資産レジストリを確認し、必要なメタデータをJadeへ渡します。
Jadeは、そのメタデータから資産IDを再計算し、署名対象の資産と正しく結び付いているかを検証します。
途中で名称やティッカー、発行元の情報が書き換えられていれば、資産IDと一致しなくなります。
Clear Signingが証明できること、できないこと
ここで重要なのは、画面に「Verified」と表示される意味を過大評価しないことです。
Clear Signingによって確認できるのは、主に次の点です。
表示されたメタデータが、署名対象の資産IDと結び付いている
途中で資産情報が改ざんされていない
指定されたドメインに、その資産に対応する情報が掲載されている
自分がどの資産を送り、どの処理を承認するのか、従来より理解しやすい
一方、次のことまでは証明できません。
その資産の発行者が誠実である
発行者の説明や事業内容が正しい
その資産に市場価値や償還能力がある
利用しているプロトコルに別の脆弱性が存在しない
資産情報が暗号学的に正しく結び付いていることと、その資産自体が信用できることは別問題です。
Clear Signingは、発行者への信頼をなくす仕組みではありません。
「自分が信頼しようとしている相手と、実際に署名画面へ表示された相手が同じである」と確認するための仕組みです。
ウォレットとアプリをつなぐLiquid Wallet RPC
動画の後半では、Liquid Wallet RPCについても説明されています。
これは、Liquid上のアプリがウォレットへ接続し、取引の作成や署名を依頼するための共通インターフェースです。
Bitcoin向けのWalletConnect仕様を参考にしながら、Liquid特有の資産、アカウント、機密取引へ対応しようとしています。
LiquidやBitcoinでは、プライバシーを守るため、取引のたびに新しいアドレスを使うことが推奨されます。
しかし、アドレスが毎回変わると、アプリ側は同じ利用者かどうかを判断しにくくなります。
そこで、アドレスを使い回さずに、ウォレットとアプリの間で利用者を一貫して識別する仕組みも検討されています。
ただし、Liquidの機密取引には、金額や資産種類を外部から見えにくくする仕組みがあります。
アプリへ残高やUTXOなどを渡せば利便性は上がりますが、その分だけプライバシー情報を開示することになります。
Simplicityのロードマップでも、ウォレットは利便性のために情報を勝手に漏らすのではなく、ユーザーが明示的に承認した情報だけを開示すべきだとされています。
Liquid Wallet RPCは、単にアプリとウォレットを接続する規格ではありません。
どの情報を見せ、何を秘密のままにするかを、利用者が管理するための境界線でもあります。
(※原文はコチラ)
Clear Signingが担う役割
ビットコインでは、「自分の鍵は自分で持つ」というセルフカストディが重視されます。
ただし、自分で鍵を管理していても、署名内容を理解できなければ、意図しない取引を承認する可能性があります。
Simplicityのロードマップには、Clear Signingの目的を表す言葉があります。
「自分が何に対して支払っているのか、理解している」
Clear Signingが目指しているのは、取引の入力と出力、資産、金額、手数料などを解析し、人間が確認できる形で表示することです。
内容を解釈できない取引について、ウォレットが署名を拒否する仕組みも想定されています。
これは、「Don’t Trust, Verify.」という考え方を、一般ユーザーが目にする署名画面へ広げる試みと見ることができます。
一方、LiquidはBitcoinのレイヤー1と同じ信頼モデルではありません。連合型サイドチェーンであり、発行資産には発行者への信頼も残ります。
Clear Signingも、発行者の誠実さや資産価値、プロトコル全体の安全性まで保証するものではありません。
この仕組みによって変わるのは、信頼が不要になることではなく、利用者が署名前に確認できる情報の範囲です。
実際にどこまでリスクを減らせるかは、ウォレットやアプリへの実装、メタデータの整備、利用者への普及によって変わるでしょう。
🌀 その他のトピックス
⚡ 役立つ記事や特集
>> 【緊急】ハードウェアウォレット「COLDCARD」乱数脆弱性事件を解説します【加藤 規新】













