th_satです。
Diamond Hands Magazine、ビットコインを巡るビジネス面・規制面の動向のまとめです。
今回は、少し趣向を変えて、先月話題になったウォレット規制をめぐるトピックを俯瞰してみました。
過去の経緯から振り返って概観していますので、長文ですが、ご参考になれば嬉しいです。
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1. 【経緯振り返り】オランダにおけるTornado Cash開発者の”逮捕”
1.1 Tornado Cash開発者の逮捕
2022年8月10日、オランダ財政情報調査局(FIOD)が、ミキシングサービス「Tornado Cash」への関与が疑われる開発者を逮捕したことを発表した。(出所)
Tornado Cashを通じた暗号通貨のミキシングにより、犯罪資金の流れを隠蔽し、マネロンを促進することに関与した疑い。
1.2 米OFACの制裁リスト
Tornado Cashは、2022年8月8日に、米国財務省外国資産管理局(OFAC)によって制裁リストであるSDNリストに追加されたばかりだった。(出所)
「2019年の創設以来、70億ドル以上相当の仮想通貨のロンダリングに使用されてきた仮想通貨ミキサー「Tornado Cash」を制裁した」
「2019年に米国から制裁を受けた北朝鮮支援のハッカー集団であるLazarus Groupによって盗まれた$455m以上が含まれる他、2022年6月のHarmony Bridgeに対するサイバー攻撃者の資金の $96m以上のマネロンに使用された」
1.3 米OFACによるTornado Cashの説明
Tornado Cashは、Ethereum上で動作する仮想通貨ミキサー。(出所)
その発信元、宛先、取引相手を難読化することによって、匿名トランザクションを可能とし、その発信元を特定不能とするもの。
様々なトランザクションを受信した上で、個々の受信者に送信する前にそれらをミキシングする。
目的はプライバシーの向上であるとされているが、特に大規模な強盗の際に盗まれた資金のロンダリングによく使用される。
1.4 Coin CenterによるTornado Cashの仕組み解説
Ethereumユーザーのプライバシー保護を提供するオープンソースソフトウェア。(出所)
プライバシーツールの中核は「プール」というスマート コントラクト。
多くのユーザーによるプールの同時使用によってプライバシーが得られる。
入金および出金イベントがEthereumの透明な台帳上で公に行われる場合でも、入金アドレスと出金アドレス間の公開リンクが切断される。
このため、ユーザーは、財務履歴全体が第三者に公開されることを恐れることなく、資金を引き出して使用することができる。
プールにはカストディアルオペレーターが存在しない。
1.5 参考:Lightning Networkの規制リスクに関する見方
2022年8月16日には、Tornado Cashの状況に照らし、Lightning Networkの規制リスク(特にAML)が十分に議論されていないとする指摘も示されている。(出所)
StrikeやCashAppなどのカストディアルLightningサービスはFATFトラベルルールに準拠する必要があるものの、多くのLightningサービスプロバイダー(ノード)にとっては実装が困難である。
プロ仕様のLightningノードはregulated payment servicesとみなされる可能性がある。
Lightning Networkを介してルーティングされたアセットはAMLフレームワークにおいてハイリスクとみなされる可能性がある。
1.6 米OFAC制裁に対する米Blockchain Associationの声明
2023年5月、米Blockchain Associationは、Tornado Cashに対するOFACの制裁について、声明を発表した。(出所)
Tornado Cashは単なるツールであり、「悪質業者を含む誰にでも使用できる」という理由によって「ツールそのもの」を罰するべきではない。
規制措置は、このツールを違法な目的で悪用する悪質業者のみを対象とすべき。
2. 【経緯振り返り】米当局によるTornado Cash創設者の”起訴”
2.1 米司法省によるTornado Cash創設者の起訴
2022年8月10日、オランダ財政情報調査局(FIOD)が、ミキシングサービス「Tornado Cash」への関与が疑われる開発者を逮捕したことを発表した。(出所)
Tornado Cashを通じた暗号通貨のミキシングにより、犯罪資金の流れを隠蔽し、マネロンを促進することに関与した疑い。
2.2 Coin Centerと米Blockchain Association、オープンソースプロトコル開発者の位置付けについて意見書を提出
2024年4月5日、Coin Centerが「オープンソース ソフトウェアの開発者は、偶然そのツールを使用した他者の行動を制御できない」と主張する書面を提出。(出所)
同所でもTornado Cash を用いた非営利ミッションへの寄付を受け付けており、Tornado Cash を単なる「犯罪者の避難所」であると示唆するのは不正確かつ扇動的であると主張。
米Blockchain Associationも、検察の主張は被告が資金管理を行っていたという法的要件を満たしてなく、無許可送金事業の罪を裏付ける事実が不十分と指摘。(出所)
Tornado Cash は、送信されるデジタル資産を制御せずに動作するものであり、プロトコル開発者はプロトコル自体の制御を維持しないことを指摘。
2.3 米司法省、Tornado Cash 事件について、被告側の棄却申し立てに対して回答
2024年4月26日に発表された文書によると、合衆国法典1960条の「送金」の定義は「あらゆる手段を使って国民に代わって資金を送金すること」にまで及ぶとし、送金者が送金される資金を「制御」することを要求していないと主張している。(出所)
その例えとして、「フライパンはコンロの熱を鍋の中身に伝えるが、転送される内容を
"制御"する必要はない」と示している。
「顧客が入出金を要求するたびに、Tornado Cashサービスが暗号通貨を伝達したり、Ethereumブロックチェーン上のある場所から別の場所に暗号通貨を転送させたりしたため、代わりに送金したと考えられる」と主張。
Tornado Cashは、ある人から別の人に支払いを行う一連のトランザクションを実行しており、資金転送に関与していることは明らかだと指摘。
また、FinCEN ガイダンスについても、送金事業者が送金される資金を「管理」することを要求していないと、主張している。(出所)
FinCEN ガイダンスには Tornado Cashのような仮想通貨混合サービスについて言及する別のセクションがあるが、そのセクションには「コントロール」への言及は含まれていない。
FinCEN ガイダンスは、マルチシグネチャウォレットプロバイダーを扱うセクションで、「値がプロバイダーのアカウントのエントリとして表される場合、所有者は支払いシステムと直接対話しないか、プロバイダーが完全に独立した制御を維持し、プロバイダーは送金者としての資格も得られる」とあり、コントロールがすべての場合に必須ではないことを示している。
2.4 米司法省による無許可送金事業の解釈範囲拡大について直ちに撤回するよう要請する書簡を上院議員が送付
2024年5月9日、「米司法省がFinCENの長年の解釈を強引に覆すことは法的に誤りであり、米国におけるBitcoinソフトウェア開発を犯罪化する恐れがある」として、この解釈を直ちに撤回するよう司法省に要請する書簡を送付した。(出所)
ノンカストディアル暗号資産ソフトウェアサービスの文脈における、司法省の前例のない法解釈は、議会とFinCENの権威に矛盾する。
この解釈は、ノンカストディアル暗号資産ソフトウェアサービスを提供する米国人を犯罪人とする恐れがある。
銀行機密法は「送金」を「通貨・資金または通貨に代わる価値を受け取り、何らかの手段で送金すること」と定義している。
「受取」とは、送金業者がユーザー資産を管理するという要件を意図。
FinCENの規制も、受取と送信に関するこの文言を反映しており、資産の直接受け取りと管理が送金に必要な要素であることを明確にしている。
そうでないと、ISPや郵便配達なども、支払情報やメッセージを日常的に送受信・処理するため、送金事業の定義に含まれてしまう。
ノンカストディアル暗号資産サービスプロバイダーは、ユーザーから暗号資産を「受け入れる」ことはなく、すべてのトランザクションは第三者のアクセスなしにユーザーのローカル デバイス上で署名および処理され、ユーザーが暗号資産を独占的に所有・管理するため、送金事業者に分類され得ない。
FinCENは公表ガイダンスの中で一貫して「ノンカストディアルサービスは送金登録要件の範囲内ではない」という立場をとっており、司法省が他の連邦機関に反する解釈を採用することは非常に懸念される。
3. オランダにおけるTornado Cash開発者の実刑判決
3.1 Tornado Cash開発者、オランダで5年4カ月の実刑判決
2024年5月14日、「Tornado Cashはその性質と機能において、犯罪者のためのツールである」とし、その開発を行った容疑者に懲役64か月が言い渡された。(出所)
Tornado Cashは、マネロンに不可欠なアクションを自動的に実行すべく開発された。
Tornado Cashは、最大限の匿名性と最適な隠蔽技術を兼ね備えている一方で、識別・制御・検出を可能にする機能が大幅に欠如している。
そのため、Tornado Cashは「犯罪者によって意図せず悪用された正当なツール」であるとは言えない。
3.2 Tornado Cash開発者の実刑判決に対する様々なコメント
「Tornado Cashの開発者有罪判決は、にあらゆるプライバシー・サービスを構築することの合法性を根底から覆すもの」
「ノンカストディアルツールを構築しているオープンソースの開発者は、犯罪行為を阻止することや匿名化することもできない場合、犯罪行為に責任を負うことになりうる」(出所)
「米国ではマネロンにより厳格な意図の基準があり憲法修正第1条と適正手続きの保護がより強固である他に、プライバシーを保護するためのツールを発明することは基本的な権利であるので、SDNY(ニューヨーク州南部地区連邦地方裁判所)での評決に都合悪くなるものではないだろう」(出所)
4. 【経緯振り返り】米国におけるミキシング規制
4.1 米FinCEN、Convertible仮想通貨ミキシングにおける透明性を高め、テロ資金供与と戦うための新たな規制を提案
2023年10月、FinCENが、国際的なConvertible仮想通貨ミキシング(CVCミキシング)をマネロン懸念取引の一種とみなす規則制定案通知(NPRM)を発表。(出所)
CVCミキシングは、ランサムウェアエコシステムの関係者、ならず者国家の攻撃者、その他の犯罪者が違法活動に資金を提供し、不正に得た利益の流れをわかりにくくすることを可能にする重要なサービスを提供している、としている。
世界中のさまざまな違法行為者による CVCミキシング サービスの広範な使用によってもたらされるリスクを強調し、ハマス・パレスチナイスラム聖戦・北朝鮮などによる CVC ミキシング サービスの使用と闘うために、CVCミキシングに関する透明性を高める規則を提案するもの、とのこと。
4.2 Samourai Wallet、Bitcoinのミキシングを事実上非合法化する規則案を受けて米財務省およびFinCEN宛に書簡
2024年1月、Samourai Walletは、米FinCEN(金融犯罪取締ネットワーク)によって発表された「ミキシング取引 NPRM」に関する書簡を、連名で発表した。(出所)
「正当な経済的プライバシー権を不当に侵害」
「標準的なセキュリティ慣行をもミキシングとして扱い、ユーザーの財産を保護する能力を容認できないほど制限することになる」
「”CVCミキシング”の定義は広範すぎる」
「より効果的なアプローチを追求すべき」
4.3 FBIがKYC情報を収集しない仮想通貨送金サービスは避けるように警告
2024年4月25日、送金事業者(MSB)として登録されておらず、マネロン防止要件を遵守していない暗号通貨送金サービスを利用しないよう米国人に警告した。(出所)
必要なときに顧客からKYC情報を収集しない暗号通貨送金サービスは避けるようにと。
5. 米国におけるSamourai Wallet CEO逮捕
5.1 Samourai Wallet CEOの逮捕
2024年4月26日、 CoinJoinトランザクションを使うBitcoinウォレットであるSamourai WalletのCEOが、マネロンと無許可送金事業の共謀を犯したとして逮捕した。(出所)
20億ドル以上の違法取引を実行し、1億ドル以上の犯罪収益を洗浄した無許可送金ビジネスの運営の罪で起訴したもの
5.2 Coin Center、「ウォレットへの司法省の新たな姿勢は、自由と法の支配に対する脅威である」とする主張を発表
2024年4月29日、Samourai Wallet の起訴状と関連訴訟に関する分析記事を発表。(出所)
連邦当局は、Samourai Walletの起訴と、同日発表されたTornado Cash事件における申し立ての却下において、前例のない法解釈を提示している。
Samourai Walletの開発者を、無許可送金の罪などで告発した件
申し立てによれば、被告らはCoinJoinトランザクションを調整するために集中サーバーを運用していた可能性があるという。
しかし、Samourai Walletは開発者やその他のサードパーティに、ウォレット ソフトウェアのユーザーによって保護されたBitcoinを独立して制御する権限を与えていなかった。
前述のFinCEN のガイダンスと行政規則に照らすと、Samourai Wallet の開発者は、ユーザーの資金に対して「完全に独立した管理」をしておらず、したがって送金者ではないはずである。
Tornado Cash事件に関する回答内容について
「(無許可の送金事業の運営を違法とする刑法の条項である)1960条は、企業が資金を管理することを要求していない」としている。
Tornado Cashソフトウェアが「顧客が入金または出金を要求するたびに、暗号通貨がブロックチェーン上のある場所から別の場所に送られるようにした」ため、Tornado Cash開発者には責任があるという考え方だと、すべての仮想通貨ウォレットとスマートコントラクトが送金を「実行」しており、すべての開発者が無許可の送金に従事していることになる。
Tornado Cashの開発者を含む第三者は、ユーザーが使用する暗号通貨を実際に管理することはできない。FinCEN ガイダンスと法解釈のもとでは、開発者は送金業者ではないはず。
「ユーザーがソフトウェアで保護することを選択した資産を管理していない場合でも、無許可送金の罪でウォレット開発者を告発する意向を司法省が示したことは、驚くべきことであり刑事執行による規制に他ならない」
6. 【まとめ】ノンカストディアルBitcoinソフトウェアの開発・提供への影響
6.1 まとめ①:合衆国法典1960条やFinCENガイダンスの解釈
6.2 まとめ②:Tornado Cash/Samourai Walletを巡る見方
6.3 米国におけるウォレットへの司法当局の姿勢を踏まえ、関連サービスが相次いでサービス終了などを発表
Phoenix Wallet、米国のappストアから削除へ(4月27日)
Bitcoinのプライバシー向上のため、Wasabi Walletの開発のパイオニアとして努力を続けてきたzkSNACKs社、2024年6月1日をもってcoinjoinコーディネートサービスを終了することを発表(5月2日)
Trezor、Trezor SuiteのCoinjoin機能を6月1日までに廃止へ(5月3日)
6.4 Blue Matt氏「今後数年間はBitcoinにとって、かつてのブロックサイズ論争と同程度に存続の危機」との見方示す
ブロックサイズ論争の頃は「Bitcoinが何であるかを誰が決めるか」という問題だったが、今は「Bitcoinが何であるか」が問題になっている、と指摘されている。(出所)
Bitcoinは常に「第三者を信頼することなく、望む相手と取引できる自由」のためのツールであったが、これが今疑問視されている、としている。
「残念ながら、Bitcoinを実際に取引に役立つものにするためのアイデアは、資金の流れに「信頼できない当事者」が存在する傾向にある」と指摘。
「規制当局の取締りが強化され、これらの当事者はさらに標的となる。過去数か月間、規制当局の監視を避けるべく閉鎖するところも現れている」
「さらに悪いことに、マイニング (プール)が相変わらず集中化しているため、Bitcoinのあらゆるレイヤーが集中化されており、規制当局による捕捉の機が熟している」と警告している。
6.5 Samourai Walletの創設者の逮捕と起訴が、Bitcoinとプライバシー権利に及ぼす潜在的な悪影響
「Samourai Wallet の創設者は、法律を遵守していたにもかかわらず、逮捕・起訴・告発された」「プライバシーに対するキャンペーンに反対せずにはいられない」として、「#FreeSamourai」を掲げる向きの論調もみられる。(出所)
「検察官は、Samourai Wallet が「国民に代わって資金を送金した」と主張しているが、Samourai Wallet はそのようなことは一度も行っていないため、そうした証拠はない。」「このことから、政府によるBitcoinの使用について様々な解釈が可能となるため、Bitcoinユーザーに不利益をもたらす可能性がある」と述べている。
「例えば、「入ってくるBitcoinを受け入れて次のノードに渡す前に、ノードでKYC/AMLを実行していない」ため、Lightning Nodeオペレーターに影響する」と指摘。
また、「マイニングプールも、マイニングによる支払いに対して KYC/AMLを実行していないことで責任を問われる可能性がある」。
さらに、「この裁判の結果次第では、Bitcoinのノード実装と人々が使用するウォレットが次の標的になる可能性もある」とも。
様子をみながら、少しずつ発信していければと思いますので、よろしくお願いします!