IEOが日本でめちゃくちゃ盛り上がっているようです。
少し前にコインチェックで正式にIEOが始まったフィナンシエというプロジェクトは、IEO開始一時間以内にすでに10億円以上の金額を集めたそうです。すごい勢いですね。
自分はIEO自体にそこまで興味はないですし、自分で参加したこともなければ、各IEOプロジェクトの詳細を把握しているわけでもないので、IEO素人に近いです。
ただ最近実はひょんなことから、日本国内のIEOに関するデータを資料にまとめる機会があり、中々興味深い実態も浮かび上がってきたのでこちらのニュースレターでも一応紹介しておこうと思います。
日本のIEOプロジェクトの実態を数字で見る
日本のIEO関連プロジェクトをリスト化し、その後のトークン価格などのデータを集めてみました。
17年のComsaや実質的な国内IEOプロジェクトと言えるもの、現状で5つのプロジェクトを対象にしました。(Comsa、Palette、國光DAO、琉球コイン、Skeb)
また、こちらの調査は自分がインターネット上の情報などをさっとまとめたもので、一部微妙に数字がずれていたり、正確ではない部分もあるかもしれません。
例えば、一ヶ月の取引高の数字は簡単にとれるデータがなかったので、単純に直近の一日の取引高を30でかけているだけで、実際と大きく乖離している可能性もあるので注意してください。ただし、国内のIEO全体のトレンドを把握する上では十分でしょう。
その結果はこちらのスプレッドシートにまとめています。(デザインなどは全然整えてないので、ご了承を)
調査対象の5つのプロジェクトのうち、4つのトークンの現状価格はIEO販売価格を下回っていました。
Comsaは約マイナス96%、上場から一年経っていない琉球コイン(FCR)も販売価格からすでにマイナス86%以上価格が下落しています。
5つの中でPalette(PLT)は唯一現状価格がIEO販売価格を現状上回っています。その一方で、PLTも最高価格と比較すると現状価格はマイナス88%とかなり下落がきつく、参入タイミング次第ですが含み損を抱えている保有者も多そうです。
さらに、概算にはなりますが、國光DAOと琉球コインは一ヶ月の取引高が調達金額の1%を切っており、流動性が低く、資金調達後一年ほどですでにプロジェクトへの関心がかなり低くなっていることも数字からも伺えます。
Skebは複数の海外取引所にも上場しており、取引高は調達金額に対して非常に大きいのが特徴ですが、最高価格からすでにマイナス78%くらい下落しており、ちょうどここ数日で最低価格を更新しています。
これらの数字をどう判断するかは人により分かれるかもしれないですが、少なくとも価格パフォーマンス的には国産IEOは現状厳しい状況で、取引高も低く上場後1年以内に実質プロジェクトがすでに失敗しているものも複数あると言えそうです。
「死のへの字」曲線
価格の数字を単純に並べるだけでもある程度参考になりますが、それぞれのIEOプロジェクトの価格チャートを並べてみると、それぞれ非常に似た「への字」型の軌道を描いているのも興味深いです。
これは市場での取引開始直後に価格が一気に最高値までシュートアップし、その後長い時間をかけてだらだらと下落していくパターンにはまってしまっているプロジェクトが多いということです。
この現象を説明する一つのシナリオは以下のようなものです。
上々直後は運営も一生懸命プロジェクトを宣伝し盛り上げ、トークン購入者も大きな関心を持っているため、一時的にIEO販売価格より高い価格をつけてシュートアップします。
その後、多くのトークン購入者は長期でプロジェクトを支援しようと思っているわけでは必ずしもないので、IEO価格より高い値段になったら市場で売りを入れて短期間でExitします。IEO販売側も、販売価格よりトークン価格が一時的にでも上回れば、面目躍如というかIEO参加者に売り場を提供出来るので、そこまでは一生懸命がんばります。その後は運営の頑張り次第ですが、大部分のプロジェクトは意図に関わらず失敗しますし、失敗しても特に問題はないので長い時間掛けてゆっくりプロジェクトを進めます。
国内では今になってIEOが盛り上がろうとしていますが、海外ではすでにIEOのブームは数年以上前に起きたもので、同じようなパターンは経験的にも多く見られました。ちなみに似たような軌道は多くのNFTコレクションにも当てはまりますし、こは親の顔以上見てると言っても過言ではない業界の伝統的な「Pump&Dump」、日本語で言えば「上場ゴール」構造、と言ってもいいかもしれません。
どうすればIEOを改善出来るのか?
冒頭で言った通り、自分はIEOの個々のプロジェクトの詳細は全く見てないですし、参加したこともないです。ただIEOが上記のような上場ゴール状態になりがちなのは構造的な問題で、そこを直せばもう少しまともな結果になる可能性はあると思います。余計なお世話かもしれないですが。
一つはIEOの審査基準を厳しくすること。特に長期でトークンに価値を還元できるモデルや、コミットが出来るチームに厳選することです。これはVCがスタートアップのデューデリをするのに近い作業で、簡単ではないですが改善することは出来ると思います。
逆に言えば今は長期でトークン価格がどうしようもならないような設計や構造のプロジェクトでも比較的簡単に上場できるような状態で、とりあえずIEOがあれば何でもみんな飛びついてしまっている、という状況だと思っています。
もう一つはプロジェクト側に失敗した時のディスインセンティブ、ダウンサイドリスクをつける、それと同時に活動報告などの情報の透明性を改善させることです。
現状だとIEO後にプロジェクトが仮に失敗したところで、評判が下がるなどのリスクは一部あるにせよ、プロジェクト主にそこまで大きなデメリットはないです。要は最初に多額の資金調達が出来たらその後の結果の如何に関わらずもうゴールしちゃっている状態なわけです。
また、IEOは上場企業などと違って決算報告や情報公開なども義務付けられていないので、そもそも本当にちゃんと頑張っているのか何にお金を使っているのか外部からわからない、という問題があります。
実際自分が上記のリストを作成するときも、IEOがいつだ、とかいくらだったとか、ポテンシャルは大きいか、とかそういう情報はたくさん検索でヒットしましたが、その後プロジェクトが何をやっているのか、などの情報は全体として非常に少なかった印象があります。
これらの問題を具体的にどう解決するかはそれこそ自分ではなく「IEOの専門家」たちに一生懸命考えてもらうべきと思います。
海外では数年以上前にIEOブームはすでに一周しており、そこで成功も失敗も多く事例があるはずなので、「国産IEOうぇーい!」と盛り上がる前に、ちゃんと海外の事例を調べた方がいいと思います。
なお、このあたりの領域は「情報の経済学」とか呼ばれる領域にシグナリング効果や、情報の非対称性のコンセプトなど色々知見があるので興味のある人は読んでみればいいと思います。別にそこまで複雑な話ではないです。
なんでこんな簡単なことを誰も調べないのか?
さて、上記の価格トレンドを調べてまとめるのに、自分は正味大体3〜4時間くらいの時間がかかりました。記事を書くのは1時間半とかでしょうか。
誰でも調べれば同じことは簡単に出来ると思いますが、IEOを宣伝している事業者やメディアも含めてそもそも過去のプロジェクトのその後を数的に把握するという当たり前のことはほとんど起きないです。
なぜでしょう?
それは結局インセンティブの問題で、誰もIEOを批判するモチベーションがないからです。
まずプロジェクト側は当然IEOで数億円規模の資金調達が、IPOなどと比べて迅速に実行できるならIEOを実行する強いモチベーションがあります。仮にプロジェクトが失敗してトークン価格が90%以上下落したとしても、都合の悪い情報を公開して報告する義務もありませんし、当然そんなことはしません。
一方、取引所はIEOは新しい収益源になるので盛り上げていきたいですし、IEOの事前審査をきっちりやって、ある程度プロジェクトの選別が出来れば、その後そのプロジェクトが成功するかどうかは直接は責任を負う必要はないです。
また、IEOに参加する投資家たちも抽選に選ばれて初期価格でトークンを購入できれば、前述した通り上場直後に価格が一度は大きく跳ね上がるタイミングが見込めるので参加したがります。簡単にお小遣いが手に入る可能性があるなら反対をする人は少ないですし、批判する人はむしろ目障りです。
投資家やトレーダーの中には頂点で高値づかみしてしまう人たちも出てくるでしょうが、彼らもそのリスクを理解した上で参加しているわけで、ボラティリティや儲ける機会さえ提供してくれればいい、というのが本音でしょう。
‥という風に考えていくと、実はIEOはある意味では誰も傷つけていない夢のようなスキームであり、逆に批判的なことを言うとみんなに嫌われるだけであまりメリットはないですし、時間の無駄です。
じゃあなんでIEOを批判するインセンティブもないのにわざわざこんな記事をお前は書いてるんだ、というツッコミがあると思います。
端的に言うと、それはIEO含むクリプト/Web3業界の目的やアプローチ、技術性質などが、自分がメインで取り組んでいるビットコインやライトニングネットワークと明確に分離しており、もはや自分にとってほぼ何の利害関係も存在しないからです。頑張って批判する必要もないですが、村八分にビビって発言を控える必要もない、という感じでしょう。(後は人の嫌がるところを率先してディスってしまう性格の悪さのせいです)
「ビットコインとクリプト/Web3が完全に別物になってきている」という主張をした記事は去年公開しているので、読んでない人は是非そちらも読んでみてください。
まとめると、IEOに関して業界関係者から批判的な意見がほとんどでないのは、IEOが素晴らしいからでは必ずしもないです。
IEO後価格が死のへの字曲線を描いて、プロジェクト側もやる気を無くす、というパターンも公然の秘密のようなものですが、IEOを本気で推している人たちがいるなら、せめてもう少し数字で語るべきでしょう。
国産IEOを切り捨てるのはまだ早すぎないか?
日本のIEOにとって不都合なことばかり一方的に書くのもよくないので、最後にIEOにとって楽観的な要因やシナリオについても触れてみます。
まず、IEOの審査は甘いし、まともなプロジェクトを判別する機能はないと書きましたが、IEOプロジェクトの審査も最近は結構厳しくなってきているようです。今後適当な計画のものや、長期で成功やコミットメントが期待できないプロジェクトは審査時に弾かれる可能性が高くなるという意見もあります。これは実際ありえるシナリオだと思います。
実際海外の事例も見てみるとBinanceのようにPolygonやAxieなど実際IEO後に多くの世界的に成功したプロジェクトを排出したIEOプラットフォームも存在しますし、これはIEOプラットフォームとしての腕が試される部分だと思います。
なので日本でもプロジェクトによっては長期で成功する事例も出てくるでしょうし、優良取引所が本気でIEOをプロデュースすれば、上場ゴールプロジェクトを避けながら、投資家も本当に意義のあるプロジェクトを選別出来るようになるかもしれません。
また、IEOトークン価格が下がっているという話をしましたが、この1〜2年は特にビットコイン含む市場全体が下落している局面なので、IEOトークンの価格が下がっているのも当たり前、という反論も出来ると思います。
なのでこれから市場全体が盛り上がってくればIEOプロジェクトもまた盛り上がり、トークン価格もV字回復して史上最高価格(ATH)を更新していくものも多いだろう、と‥。まあこれも一定の理解は出来ます。
他にもIEOは取引所や業界団体を中心に制度的に改善している細かい部分がたくさんあるようで、少なくとも今よりはこれからどんどん健全な環境に近づくし、最初の5つのプロジェクトだけで判断するのは早計すぎるかもしれません。
最終的にどうなるかは自分も時間が経ってみないと分からないのは同意です。
これからIEOをする日本のプロジェクトの多くが数年後に大きく世界的プロジェクトに成長して、この記事がいかに早とちりで浅はかなものだったかと証明されることを祈っています。そしてその時はIEO関係者に謝罪させていただきます。
‥Maybe, but I doubt it.
maybe lol